二次創作物ですのでご注意下さい。
ヒ/カ/ル/の/碁/小説
ア/キ/ヒ/カ/友情物語
恋愛要素皆無
裏要素皆無

上記の内容でも問題が無い方はご覧下さい。







一緒に帰ろう



 棋院を出て、駅へと向かう道を歩く僕の足取りは、いつもより重かった。
 だがそれは、対局に負けたからではなく、僕が対局室を出る時に、進藤もどうやら対局を終えた様子だったから……。

 進藤ヒカルをライバルだと認識し、以前よりは言葉を交わすようになった。
 でも、僕たちの関係は、一体何なのだろうかと、疑問に思っていた。
 誰よりも意識し合っているのは分かるのだけれど、どう接して良いかが分からない。僕たちは友達ではないのだ。

 偶然を待つしかない。
 ばったり出くわせば、言葉を交わすこともある。
 ……そういう時にしか、僕は彼に話し掛けられない。

 進藤が僕を避けた時や、「もう打たない」と言った時には、あんなにも踏み込んで行ったというのに、ここに来て、僕は臆病になっていた。
 ライバルとして、話しかけてもおかしくは無いのに、僕にはそれがとても難しい事に思えてならない。
 考えてみたらこんなにも穏やかに向き合う事など今までに無かったのだ。
 だから、僕は戸惑ってしまう。
 進藤への接し方が、分からなかった。

 きっと進藤も、僕が今歩いているこの道を通るはず。
 ここで立ち止まり待っていれば、きっと彼は追いついて来るだろう。
 でも、そこでどんな言葉をかければ良いのかが僕には分からない。
 だから、僕は立ち止まれないんだ。


 ……でも、立ち止まりたい。


 僕はもう少し先にある信号を睨んだ。
 現在青信号が光っている。
 少し歩く速度を上げれば、きっと間に合うだろう。
 だけど僕は、よりゆっくりと歩いた。
 赤信号になってくれれば、僕が立ち止まるのは当然の事。
 そう、僕は立ち止まる理由が欲しいのだ。

 我ながら呆れてしまう。

 プライドと戸惑いが邪魔をして、何も無い所では立ち止まれないのだ。
 だから、立ち止まって良い理由が、僕には必要だった。


 しかし、無情にも、その信号は思ったより長く青を点ともらせており、結局僕は間に合ってしまった。


(もう諦めるしかないか……)


 僕は自嘲的な笑みを浮かべながら、歩く速度を、いつものそれに切り換える。
 今日はタイミングが悪かった、と思うしかない。
 無理やり自分を納得させて、吹っ切ろうとした、その時……。



「塔矢ぁ〜!!!」



 背後から大声が響いてきた。
 驚いて足を止め、振り返ると、進藤がこちらに向かって走って来る。
 「待てよぉ〜!!」と叫びながら、点滅し始めた信号にかまわず進藤が横断歩道を駆け抜け、立ち尽くしている僕の前に到着した。

 ゼーハーと、身体を折って呼吸整えている進藤を、僕はただ見ていた。


「僕に、何か用なのか?」


 どうやら呼吸が整ったらしく、顔を上げた進藤に、僕は問いかけた。
 進藤はキョトンと首をかしげた。

「いや、用なんてねぇーよ」
「じゃぁ、なんで追いかけて来たんだ?」

 素直に疑問をぶつけると、進藤が不思議そうに目をぱちくりした。

「だって、同じくらいに対局が終わって、帰る方向も一緒で、お互いに連れも居ないんだから一緒に帰ってもいいかなって」

 さも当たり前のように言う進藤に、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。


(そんなものなのか?)


 今まで、友達付き合いというものをほとんどして来なかった僕にはとても難しい問題だったのに、進藤はサラリと僕が欲しくてたまらなかった理由を並べ立てた。しかも、僕から見れば、「それが理由になるのか?」と思えるようなものばっかりだった。
 そんな事を考えていると、進藤が急に膨れっ面になる。

「大体、お前も冷てぇーんだよ!!待ってろとは言わないけど、少しくらいは後ろを振り返れってんだ」

 ちょっとだけ赤くなりながら呟かれた言葉に、僕はくすぐったさを感じた。

(そうか……。そんなものなのか……)

 待っていたいのに待てずにここまで歩いて来てしまった自分が、滑稽に思えた。でも、そんな僕を進藤が走って追いかけて来てくれた事が、たまらなく嬉しい。


 そして……。


 一緒に帰る理由が、「同じくらいに終わって、帰る方向が一緒で、お互いに連れが居ない」で成り立つなら、「僕たちがプロ棋士で、ライバルで、何よりも囲碁が好きだから」と言う理由も成り立つ気がして、僕は、それを口にした。


「碁会所で一局打とうか?」


 僕の言葉に、進藤が目を輝かせて、「もちろん!!」と返してきた。そして「当たり前の事を聞くなよな」と笑った。
 その小気味良い返事に、僕も顔を緩めてしまう。
 そう、大層な理由など必要ないのだ。「進藤と打ちたい」という想いがあれば、それで充分なのだ。


「行こう」


 僕は再び駅の方へと歩き出し、進藤も僕の横を歩き始めた。


 僕たちの間に、もう隔たりは無い。
 彼を待ちたければ立ち止まれば良いし、声をかけたければかければ良い。もうそれが許されているのだ。
 鬼ごっこのように、追ったり追われたりを繰り返していた僕たちの関係は、もう終わったのだ。


 僕たちは新たな一歩を踏み出し、未来に繋がる関係を築き始めているのだと、実感した。



03年09月05日
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